Part 2:追う
 クリスの「もの追い」はある日突然に始まった。

 生後6ヶ月頃、近所の誰もいない公園でボールで訓練しながら遊んでいたとき、突然茂みの間から近道をしようとした少女が飛び出したのだ。クリスはびっくりして吠えたてた。すると少女もびっくりして走り出した。その走る姿をクリスが追いかけたのだ。
私は「イケナイ」と叫びながらクリスを追った。幸い公園の中から飛び出すことはなかったが、少女は吠えられた上に追いかけられて泣きながら家に帰ってしまった。「ゴメンね。」と走り去る少女に声を投げかけたが、もはや彼女の耳には入らなかった。
 私は自己嫌悪に陥った。今迄子供に対して何の敵意も示さなかったクリスのとった行動に驚かされるとともに、もし、子供が道路に飛び出していたらと思うと背筋の凍る思いがした。
 そこで私は小学校の登校時間に合わせてクリスを散歩に連れ出し、子供達が恐くないということを覚えさせようとしたが、キャーキャー、ワイワイ騒ぎながら集団で走り回る子供に対して反応しなくなるまでには随分時間がかかった。
 現在クリスは子供を追うことは全くなくなったが、余りしつこくされると小さくうなっている。基本的に全く心を許したわけではないので、子供がさわりにくる時は、子供に「そーっとね。」と声をかけるとともに、クリスにも「大丈夫よ。」と安心させるようにしている。
 クリスの場合、車は狙うが追わない。バイク、自転車等には無関心。

 クリスの子供達の場合、これが今一番私を悩ませている。公園に散歩に行けば必ずスケートボードやキックボード、ローラーブレードがガーッと唸り声をあげながら側を走り抜けていく。
 子供達は5ヶ月くらいからこれらに反応し始めた。吠えながら狙うと共に、すきあらばその動く物体にかみついて持って来ようとするのだ。
 週末の早朝、公園でラジオ体操が終わって帰る人々を見送って訓練をしていた時だった。ハンスを座らせて「待て」を教えていると、突然彼が走り始めた。何事かと思い大声で「待て」をかけたが彼には全く聞こえない。はるか遠くからスケートボードの音をとらえて、それめがけて追いかけたのだ。気がつくと彼は重たいスケートボードをくわえて得意げに戻ってくる。「そんなバカな。」再び背筋が凍った。幸い乗っていたのはハイティーンの上級者で、ハンスが飛びつく前に飛び降りたので無傷だった。それ以来、その手の物が往来しそうな場所に行くときは、オンリードはもとより、彼らより早く見つけて、「イケナイ」と言い続けることになる。
 彼ら、つまり子供達は一頭ずつ連れている時は「イケナイ」と解っていることに対して突っ走ることはないが、二頭一緒になると変な競争心が芽生えて興奮が倍増するのだ。ウチの場合、まず興奮しそうな場面に遭遇すると、私の「イケナイ」のコマンドに反応してハンスがニッキーのリードをくわえて後ろに引き戻そうとする。これがかなりの力で、自転車で走っているとひっくり返されそうになる。同時にクリスがニッキーのことをお腹を出させるまでに叱るのだ。どちらにしても、いつもニッキーが犠牲者になる。

 彼らは又鳥も追う。カラスや鳩である。なぜか雀には無関心。
 早朝散歩に出れば必ずゴミ捨て場で朝食をあさるカラスに遭遇する。これが又挑発するかのような動きをするのだ。愚かな子供達は、鳥が捕まえられないということをまだ覚えない。あるいは捕まらなくても追いかけることが楽しみなのかいっこうにやめる様子がない。
 幸い、クリス同様、車とバイクに無関心なのがせめてもの救いである。

 以上のような「追う」という行動はボーダーコリーの本能に他ならないが、私の住んでいる地域では危険を伴うため、かわいそうであるが、その本能を可能な限りおさえこまなければならない。

 以前ほどではなくなったが、未だに子供達がこれらに無反応になっていないということは私のコマンドのかけかたが悪いのか、あるいはしかり方が足りないのだと思う。恐らくタイミングが悪いのだろう。
 この矯正が今後の課題でもある。

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